新型コロナウイルスに対してジーンズブランドができることは何もない

ホモ・サピエンスは虚構を信じられる力を持ったからこそ、世界を征服できたらしい。世界的ベストセラーの『サピエンス全史』には、そう解説されている。つまり、私たちホモ・サピエンスは、実態のないようなものを信じることのできる、豊かな想像力を持っているということだ。


宗教や神が人々の心の拠り所になることもあるし、お金を稼ぐために会社へ向かうことに疑問を持つ人はほとんどいないし、言葉でしか書かれていない法律を遵守して生活をすることが私たちにはできる。そういった虚構を信じることで固い絆が生まれ、一致団結ができた生物なのだ。だからこそ、これほど広大な地球を征服することができた。



時は変わり、16世紀に財宝を求めてスペインから航海に出たピサロやコルテスは、ペルーのインカ帝国、メキシコのアステカ王国を征服した。何も数万人の大群と最新兵器を手にして南米征服に向かったわけではない。彼らは数百人の歩兵しかいなかった。そんな少数で広大な南米を征服できたのは、ヨーロッパから持ち込まれた天然痘やペストなどの感染病への抗体を現地人はもっていなかったからだと、『銃・病原菌・鉄』には書かれている。


きっと現地の人は突然の病に恐怖でおののいただろう。想像力が豊かなホモ・サピエンスだからこそ、「この体がしんどくなるのは悪魔の仕業なのか」だとか、「私が誰かに悪いことをしたからなのか」などの想像を巡らせていたかもしれない。そして、スペイン人だけが病にかからないことを見て、彼らが信じるキリスト教に現地人が傾倒していったということも、ホモ・サピエンスの想像力を考えれば十分に納得できる。



さらに時は進み、2020年3月。この文章を書いている時点では、新型コロナウイルスの拡大が日々ニュースになっている。実際に感染された方や亡くなっている方が世界中で増加していることを知ると、人間対病原菌の戦いはそう簡単には終わらないことを感じる。


だが、近代になるにつれて、大抵の病を人間は克服できてきたという。16世紀にあれだけ人間を苦しめた天然痘は、1979年に完全に根絶されたとWHOにより宣言された。人口が増え、交通手段が拡充するにつれて、疫病の感染スピードはとても速くなったが、科学と医学の力がそれを上回り、解決していっているのだと素人目線では思う。


「歴史上の疫病と比較したら、今回の新型コロナウイルスも軽度なものだった」と終息した際には言われるのかもしれない。だけど、人間の想像力は侮れないということを改めて感じる。マスクに予防効果があるのか、ないのか、アルコール除菌は意味があるのか、ないのか、紙製品は今後供給できるのか、できないのか。正しい情報かどうかわからなくても、私たちの不安は簡単に煽られる。想像力を働かせて、何もしないよりは動いた方がいいと思い、行動をとる。



歴史を振り返ってみると、「デマ」と呼ばれるような情報でも、一定数が信じはじめたら、それはデマではなく、本当の情報のように変わってしまうことがあった。ある高校生の電車の中でのちょっとした会話のせいで信用金庫に取り付け騒ぎが起きたり、中東での戦争がトイレットペーパー不足をもたらしたという社会的な騒動は、私達の世代からしてみれば、教科書上のことだった。それが今、現実に起きている。


そんな状況を前にして、私たちのようなジーンズブランドとしてできることは何もない。人を歩かせるジーンズを穿いても、不要不急の外出はしないでほしい。自分の目で見たものだけを信じろ言っても、今回ばかりは生の情報を取りに行かないでほしい。


説教を垂れたくもないし、誰かを揶揄したいわけでもない。だけど、こんな大変な時にこそ個人の品性が現れる。あくまで個人的な感想だけど。デマの情報を流して誰かの不安を煽ったり、市場のものを買い占めて高額でそれを転売したり、ドラッグストアに鬼の形相でクレームをつけたり。それがたとえ資本主義としては合理的な流れだと言われても、私はどうしても納得できない。

私たちのようなジーンズブランドがこのような状態を一変させることはできない。だけど、今こそ、ホモ・サピエンスが持つ想像力を使う時だと思う。それがないと、私たちが本来持っているはずの品性を失ってしまう気がする。


こんな情報を信じちゃダメだ。こんな行動をしちゃダメだ。こんな発言をしちゃダメだ。

想像力を働かせれば解決できる課題がたくさんあるかもしれない。私達の祖先が、数々の困難を想像力を使って乗り越えてきたように。


話が膨れてしまったし、精神論であることは否めない。 だけど、想像力を使わないと、私たちは簡単に凶暴になってしまうことは忘れてはいけない。


いち早く、事態が終息することを願っています。


Text by ジュンヤスイ(@jjyasui