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なぜジーンズを穿いて登山をしたくなったか

山を登るときは、ポリエステルやナイロンで作られた製品が向いているらしい。つまり、綿100%で吸収性の高いジーンズは登山に向いていない。「登山 ジーンズ」で検索すると、絶対NGだとかオススメしません、だとか、登山者にとっては履かないことは常識などといった言葉が並ぶ。それでも、いや、だから、ジーンズで山を登ることもありじゃないかと思う。私たちはジーンズブランドとして、というより”人を歩かせる”ジーンズを手がけるブランドとしては提案したい。

答えらしいものが容易に見つけられる時代になった。インターネットで検索をすれば、大抵誰かがその答えを共有してくれている。「登山 服装」で検索をすれば、山の格好はこれで決まりというように、丁寧なファッションコーデをしてくれるブログもすぐに見つかる。その結果、日常生活では人と被らないような眼に眩しいカラフルなジャケットだとしても、山中では大量発生していたりする。


また、「○○山 登山ルート」で検索をすると、登山口までのアクセスの行き方、山道の山小屋の有無、山頂までの目安の時間など大体のことがわかるようになる。私たちはそこで得られた情報を武器にし、想定の範疇内の出来事を経て山頂に行き、予定時刻通り下山をする。

カラフルな山ファッションや、事前の下準備自体を否定したいわけではない。ただ、私たちは自分の頭を使うことなく、最適解に思えるものをインターネットですぐに見つけてしまう癖を身につけてしまった。答えと一般的にみなされている精度の高い情報をインターネットからいかに見つけるかが大事であり、「自分でまず試してみる」ということに価値が置かれていないように感じる。


私たちは「わからない」ことを抱えていると、不安が募るようになった。そう、未知を楽しめなくなっているとも言える。もし山で服装を間違えたらどうしよう、もし頂上まで時間がかかり過ぎたらどうしよう、もし途中で水が買えなかったらどうしよう、という不安を事前にインターネットで調べることで解消しようとする。自分の頭で考えて、準備をするのではなく、インターネットにそう書いてあったからという理由で準備を進めるようになる。

最近の例だと、若者の間では、インスタグラムを使って旅先の情報を検索をする人もいる。旅先でどんな景色を見られるか事前に調べたり、桜や紅葉の色づきの状況などを逐一検索し、確認しているのだ。私はどうしてもその行為が好きになれない。インターネットの恩恵を日々受けてはいるとはいえ、用意周到に準備をし、つつがない旅と想定通りの景色を見ることにどれほどの意味があるのだろうか。未知を楽しむというよりは、いかに「失敗」をしないかということに、焦点が当たっているような気がしてならない。


自分で試してみることに価値がある。それがたとえ「失敗」と呼ばれるようなものだったとしてもだ。だから、私はJOURNEY ARMOURを履き、何度か山に登った。JOURNEY ARMOURは自分の足で情報を稼ぎ、生の情報を取りに行くことを信条としている製品だ。機能的には山には適していない。こればっかりは認めざるを得ない。しかしそれでも穿こうと思えるのは、この頑丈な製品を穿き潰していく登山が私にとって面白いからだ。インターネットに書いてある正解ではなく、自分で見つけたこのやり方を楽しみたい。

マニュアル通りに王道の楽しみ方をしたいのならばJOURNEY ARMOURを穿くことはおすすめしない。しかし、常識を外れたクセのある快感を得たいのならばJOURNEY ARMOURを穿くこともありかもしれない。


Text by ジュンヤスイ(@jjyasui